ロンドンの街歩きの愉しみ-ブループラークを探してみよう

2026.04.22

英国史雑学

イギリスの街を歩いていると青く丸い銘板が目に入ります。これはイングリッシュヘリテージが著名人のかつての住まいなどに掲げているもの。ロンドンの街歩きではよくこの青い銘板―ブループラークを目にします。どんな人が目の前の場所に住んでいたのか、想いを巡らせながら街を歩いてみましょう。ロンドンではブループラークでたくさんの発見ができます。

James Robinson (1813-1862)

  • James Robinson (1813-1862)

このブループラークがあったのは、1813年生まれの医師ジェームス・ロビンソンの家。ジェームス・ロビンソンは麻酔と歯科の医師で、ブループラークのその場所に自宅を構え医院を開設していました。

ジェームス・ロビンソンはイギリス南部、ハンプシャー州のサウサンプトンの出身。ロビンソンと同じヴィクトリア時代の画家、ジョン・エヴァレット・ミレイもその後サウサンプトンで誕生しています。14才で外科医の元で見習いを始めて大学や病院で実地研修をしていたようですが、医療の資格は持っていなかったそうです。しかしこの時代ですから、30才で歯科治療を始め、外科医としても勤務することになります。

ではロビンソンは何を初めて行った人なのでしょうか。大学の医学課程も修了していないロビンソンでしたが、当時歯科雑誌を創刊し、歯科医のための教本も出版してしまいます。当時の歯科は未熟な技術で評判が悪かったため、その歯科の改革を考えていました。歯を機械で治療することを始めるとその評判は高まり、1846年アメリカのボルチモア歯科医学校は、ロビンソンに名誉博士号を与えます。

その頃アメリカで全身麻酔の手術が成功したことを知ったロビンソンは、抜歯する患者に麻酔を試してみることを考えてみます。1846年12月に自家製の吸入器を使い、患者の女性に投与して成功し、翌1847年2月に「エーテル吸入に関する論文」を出版してしまう早さには驚きます。これが世界で初めて歯科の麻酔の教本の誕生となり、やがてロビンソンはイギリス君主ヴィクトリア女王の夫君、アルバート公の専属歯科医に抜擢されます。

学問より実践で医学の道を進んだロビンソン。ブループラークのあるロンドンのガワーストリート14番地の自宅兼歯科医院を構えていました。残念ながらこの医院での世界初の歯科麻酔が行われたわけでなく、同じガワーストリートのアメリカ人の医師宅で行われたようです。歯を抜く辛い痛み。それはこのロンドンの一角からロビンソンの麻酔によって、その改革がなされていったのです。