Lackland~From the United Kingdom

2020.02.01

異文化理解

英国王にはもうジョンという名は現れないのでしょうか…

  • Lackland



まだ英国がフランスの支配下にあった時のお話です。ノルマンコンクエスト以後のウィリアム征服王から、現在のエリザベス女王までの41人の国王・女王のなかで、実にワースト1の国王がジョン。幼い時に領地を譲ってもらえなかったので、土地なしのlacklandと呼ばれていました。ワーストの汚名をきせられたジョンは、イングランド王ヘンリー2世の息子のひとりで、兄はヨーロッパにその名を轟かせた獅子心王のリチャード1世です。父の跡を継ぎイングランド王として君臨した兄のリチャード1世は、闘いに明け暮れ、勇敢な騎士でしたが、イングランド王とは名ばかりで、英語を話さず、もっぱら日常会話はフランス語、10年の在位期間にイングランドにいたのは、半年もなかったようです。ここがノルマンコンクエスト後の、複雑な王家の歴史。

さてその兄が突然亡くなり、イングランド王位がジョンに来ます。さあ、lacklandと呼ばれたジョンが、王位に就いたわけですから、周囲は黙ってはいません。ノルマンディ諸侯の離反を招き、フランスにあった兄の領地を制圧できません。そしてlacklandに加えてsoft word、腰抜け王の名までつけられてしまいます。そのうえ、諸侯たちに押しつけられたたマグナ・カルタを、ジョンは承諾することになります。マグナ・カルタは今では憲法の基礎とも言われていますが、これは諸侯たちの個人財産の保護と、共同体の権利を守るもので、ジョンにとっては何も得るものはないものでした。ただマグナ・カルタを承認し、その後の民主主義には一石を投じたカタチにはなりましたが…
 
その後、英国王にジョンという名はつけられなくなったそう。悪い王の汚名を着せられたジョンですが、ほんとうは楽しく慈悲深く、寛容な人であったとか。ほんとうの国王ジョンに興味が募ります。