The Minack Theatre~海に向かう劇場

2026.07.31

異文化理解

借景を舞台の書割にした場所、そんな舞台がイギリスにあるのです。その前に2つの言葉を説明しておきましよう。借景は外の景色を取り入れて見せること、書割は紙や布を張った板やパネルに背景を描いた舞台の大道具のことです。演劇やオペラ、バレエには場面ごとの書割が用意されていますが、イギリスの最西端のランズエンドに程近い場所にある舞台、そこは自然の海が背景になった舞台でした。

すり鉢の舞台

その舞台はミナックシアター。海を背景にして大自然のなかで舞台が行われます。風が吹き時には雨も降ることもあるでしょう。屋外の円形劇場は古代のギリシャ、イタリア、トルコなどにありました。大勢の人々を収容し、すり鉢状の舞台からはよく声も通るよう設えられています。円形のすり鉢は音響装置のなかった時代に考えられた形状なのでしょう。でもかつては血なまぐさい戦いを見せることも円形劇場ではありました。

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ある1人の女性が思いついた舞台

コーンウォールの海に向かう劇場を造ろうとしたのは、ミナック岬を見つけたロウェナ・ケイドという女性。ケイドはミナックの岬を100ポンドで購入し母と住む家を建てます。それが1930年のことでした。それから庭師たちの手を借りて、劇場の座席と舞台を造り始めます。固い石のようなのに座りやすいシート。どうやらこれはセメントで固めて石のように造りその背面には文字を書きました。その座席の背面には「ハムレット」や「ヤング・エリザベス」など、公演名を座席の背面にセメントが固まる前に入れて仕上げています。

半年をかけて最初の座席と舞台ができあがると、1932年「テンペスト」がこのミナックシアターで地元の劇団によって上演されます。「テンペスト」はシェイクスピアの戯曲でその意味は嵐。海を背景にした「テンペスト」を上演した日はどんな天候だったのでしょうか。ちょっとその日の天候が気になります。ミナックシアターでの「テンペスト」は大好評でした。そして今残るミナックシアターを造り上げていきます。

傘はNG

駐車場と道の整備、階段のシートも増やしていったケイド。天候不順でもここでの公演は開催されますが、傘は禁止です。ケイドは劇場が使えない冬になると雨の日のことを考えていたようですが、その設備は完成してはいません。財政援助も寄付もなく自力でこの劇場を造り上げ、1976年にはケイドは慈善信託へミナックシアターを寄贈します。それでも劇場の改修は頭から離れないまま、1983年にミナックシアターにある自宅で89才の人生を閉じます。裕福な家に生まれながら、崖を整備して舞台を造り上げたケイド。その美しい海の舞台は多くの人々が上演だけではなく見学に訪れ続けています。

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ビリーのシート

最初に造られたセメントの座席のなかに、ただ1つここの花崗岩のものがあるようです。これはこの劇場に造営に尽力してくれた庭師の1人のビリー・ローリングスの座席。1966年に亡くなったビリー・ローリングスへ敬意を表して、花崗岩の座席は捧げられました。荒れた斜面を一から整え舞台と座席をケイドといっしょに切り拓いてくれたビリー・ローリングスの座席は、少し広くそして花崗岩の茶色を帯びています。他のセメントの座席は灰色なのですぐにわかります。前から2段目の通路側、ビリー・ローリングの座席は舞台を観るには絶好の場所です。一度は訪れたいイギリスの場所がまたできてしまいました。