Prince of Wales~From the United Kingdom

2025.09.20

英国史雑学

プリンス・オブ・ウェールズはイギリスの皇太子の名称ですが、ウェールズの王子ってちょっと不思議に感じていました。元々はこの称号はウェールズのものでしたが、実は昔々、イングランド国王が自分の息子にプリンス・オブ・ウェールズを授けてしまったのです。

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イングランドとスコットランドの戦いは意外と有名で長い間続きましたが、ウェールズとの戦いは知られていません。イギリス国旗のユニオンジャックにウェールズの国旗がデザインされていないのは、とうの昔にウェールズはイングランドだったと主張されたからのようです。最後のウェールズの国王はルウェリン。イングランド王のエドワード1世がウェールズ侵攻を受け、ルウェリンは抗戦しますが、1282年に戦死します。ウェールズを手にしたエドワード1世は、自分の息子にプリンス・オブ・ウェールズの称号を与えて統治させます。それが代々継承されることになったというわけです。

けれどルウェリンの弟で、最後のウェールズの王子のダヴィス・アプ・グリフィズ。ダヴィスの末路は悲惨なことになります。兄亡き後にプリンス・オブ・ウェールズとなり後を継ぎますが、またもや追われ、ひどく苦しむ殺され方をエドワード1世にされたそうです。ひどい最期だったそうです。2人の死によってウェールズはイングランドに併合されることになりました。イギリスはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの連合国。そこには多くの禍根があるようです。

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エリザベス2世の一連の葬送の儀式でイギリス王室は、連合している4つの国と議会に対し同等の配慮をしていたそうです。4つの国の首都をチャールズ国王は訪問し、それぞれの議会で訪れ弔問を受けていました。イギリスが連合国として残れるのか、これからも多くの課題をクリアしていく必要があるようです。このプリンス・オブ・ウェールズの称号についても今後どうなっていくのでしょうか。

チャールズ国王が皇太子の叙任式を行ったのは1969年7月1日。ウェールズのカーナヴォン城で母君のエリザベス2世から授与されました。しかしエリザベス2世崩御後にチャールズ国王は戴冠式を行いましたが、ウィリアム皇太子は式典を行っていません。ウェールズ国内ではプリンス・オブ・ウェールズの称号廃止の動きが起きていることもあり、ウィリアム皇太子が式典を行うことは今後ないようです。

チャールズ国王の皇太子の期間は歴代最長を更新。ヴィクトリア女王の長男エドワード7世の59年の記録を越えました。長命な母親のおかげで、長い皇太子の期間となったチャールズ国王。その上イギリス史上最高齢の73才で君主に就くことになりました。チャールズ国王とウィリアム皇太子は王室のスリム化に務め、式典の見直しも進めています。ロイヤルファミリーの住居なども一般公開され、王室の維持費の捻出もすでに始まっています。今までの「魅せる」王室から「見せる」王室へ、王室の存続も大変なようです。

※写真はチャールズ皇太子が王室御用達に任命した時の紋章。ウィリアム皇太子が今はこのフェザーの紋章を受け継ぎました。