Alice's Day~From the United Kingdom
2026.06.27
7月の最初の土曜日はアリスディ。イギリスの作家ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」は、7月4日の河遊びから始まりました。
当時ルイス・キャロルはオックスフォード大学を卒業した後、大学で教師をしています。1862年ルイス・キャロルは30才。オックスフォード大学のコレッジの学長一家と親しくなり、リデル学長の3姉妹たちを連れて出かけます。オックスフォードのフォリー橋からゴッドストウまでテムズ河をボートで遊び、ピクニックを計画しました。3姉妹たちはお話をねだり、ルイス・キャロルはアリスという名の少女の物語を創作します。
ルイス・キャロルの本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。本名をラテン語にして英語名に戻し、その順番を変えたペンネームを考えだしました。もの静かで頭脳明晰な数学者、それがキャロル・ルイスの当時の姿。オックスフォード大学でリデル3姉妹に会わなければ、「不思議の国のアリス」は生まれなかったことでしょう。名作はいくつもの偶然を積み重ねてできあがりました。
ルイス・キャロルは元々吃音でした。言葉がスムースに口をついて出てきません。でも7月4日の河遊びのピクニックでは、3姉妹の前でお話が上手にできたようです。3姉妹の次女アリス・リデルもそれを本にしてと頼みます。時間がかかりましたが、ルイス・キャロルはその物語を書き進めます。彼は何か表現をしたい人で、詩や物語を若い頃から書いていたようです。1864年11月に書き上げた「アリスの地下の冒険」には自作アリスのイラストもあり、これをアリス・リデルにプレゼントします。その手書きの物語とイラストの本は今でも残っています。最後のページにアリス・リデルのイラストと写真を重ねて、美しく仕上げた1冊でした。
今では「不思議の国のアリス」はディズニーのアニメーションが有名になってしまいましたが、アリスの本は1865年マクミラン社から発行されものがオリジナル。挿絵はサー・ジョン・テニエルで、その細密でリアルな画はモノトーンの世界でも読む者を物語に引き込みます。テニエル卿の画がアリスの当時のアイコンでした。「不思議の国のアリス」はベストセラーになります。
7月のルイス・キャロルとアリスたちの河遊びの日を今では記念日としています。7月の最初の土曜日をアリスディとしたイベントを行っています。その日はアリスのお話に登場するキャラクターたちの扮装をして楽しんでいるようです。アリスのお話は今でも夢中になれる世界。リデル3姉妹のためのお話だったのに、今はみんなで楽しんでいます。
※サー・ジョン・テニエルの「不思議の国のアリス」のマッド・ティパーティの挿絵のアリスは、とても強かで大人びて見えます。

