Vivien Leigh~From the United Kingdom

2026.10.19

イギリス歴史・雑学

ヴィヴィアン・リー、半世紀以上も前に亡くなった女優です。けれどその勝ち気で美しい姿を映画のワンシーンでも観たことがあるはず。名作「風と共に去りぬ」、あのスカーレット・オハラを演じた女優です。ヴィヴィアン・リーはスカーレット・オハラを演じるために生まれてきた女優だと言われています。

ヴィヴィアン・リーは1913年にインドで生まれました。父の赴任先のインドから帰国してからは女学校に入り、演劇に目覚めるようになります。王立演劇学校へ進み、1935年に映画の端役デビューと舞台デビュー。けれどその3年前に、ひと回り以上年上の弁護士とヴィヴィアンは結婚、翌年にはひとり娘に恵まれます。母親になってから女優デビューを果たす、そんなところにも彼女の意志の強さを感じます。

舞台を観た名優ローレンス・オリヴィエがヴィヴィアンの演技を賞賛し、2人はやがて関係を深めていきます。ヴィヴィアンには夫と娘が、オリヴィエには妻と息子がいて簡単にはすまされません。その頃ヴィヴィアンはマーガレット・ミッチェルが1936年に発表した「風と共に去りぬの」原作を読んでいました。この映画化を知ったヴィヴィアンは、スカーレット・オハラを演じることを決めます。とは言っても決めるのはハリウッド。ヴィヴィアンではありません。

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ハリウッドでは「風と共に去りぬ」のキャスティングは難航していました。昔何人もの女優たちが、スカーレット・オハラを演じるスクリーンテストのビデオを観たことがあります。全米の女優たちが参加したとも言われているこのテスト。スカーレットが決まらないままクランインし、アトランタ炎上のシーンの撮影中に現れたヴィヴィアン。そのヴィヴィアンの姿を観たプロデューサーは、いきなりスカーレットのキャスティングを決めたという伝説のような話も残っています。すでにヴィヴィアンのテストは行われていたのですが、イギリス人にこの役はできないと思われていたようでした。

まさに当たり役を得たヴィヴィアン。1939年に映画は公開されて世界中の人々がヴィヴィアンを知ります。アカデミー賞最優秀主演女優賞を手にし、1940年にはお互いの離婚が成立し、ヴィヴィアンはオリヴィエと8月に結婚します。映画「哀愁」でのスカーレットとは違う健気で儚い女性を好演し、1951年には映画「欲望という名の電車」で金髪の神経質な女性が壊れてゆく姿を演じ、2度目のアカデミー賞最優秀主演女優賞を手にします。けれどヴィヴィアンはその役で狂気が深まってしまいます。オリヴィエとの結婚生活も破綻し、結核が蝕み始めました。1967年7月7日深夜自宅で永眠。それは突然の死でした。

未だに現在の貨幣価値にすると、興行収入トップの「風と共に去りぬ」。もし「風と共に去りぬ」を再映画化するとしたら… レット・バトラーを演じたクラーク・ゲーブルよりレットらしい俳優、ヴィヴィアン・リーを上回る女優は果たして見つかるのでしょうか。なかなかそれを超えるのは難しそうです。

※写真はヴィヴィアンの暮らしたロンドンスローンスクエアの家の通り。工事中なのか著名人が住んだブループラーク、青い銘板は見つけられませんでした。土曜日の朝、通りの前ではテニスに興じる人たちの姿がありました。