Jessie Roberta Cowan~From the United Kingdom

2026.01.17

英国史雑学

遠い昔その駅に降り立ったスコットランドの女性がいました。東京からも遥か遠い北海道の海辺の街、余市の駅。その女性はスコットランドのグラスゴーからはるばるやって来たのですから驚きます。女性の名は竹鶴リタ。NHKの朝ドラ「マッサン」のエリーのモデルになった人。竹鶴リタが実在の人物です。

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竹鶴リタの誕生時の名はJessie Roberta Cowan-ジェシー・ロベルタ・カウン。イギリスのスコットランドのグラスゴー近郊の街で誕生したのは1896年です。医師の父を持ち、母と妹2人、弟の長女の裕福な家庭で育ちますが、小さい頃から偏頭痛があり学校に通えない時期もあったそうです。そんなに身体の弱かった女性が、故郷から遥か遠い日本の、そしてさらに北の余市で暮らすことになるのですから、その異文化理解と努力は大変だったと思われます。

後に夫となる竹鶴政孝は、ウィスキーを学びにスコットランドへ留学した時にリタと出会います。言葉と人種の壁に悩んだ日もあった政孝でしたが、リタの存在に励まされてウィスキー造りを学ぶことを続けます。リタと政孝は結婚を考えますが、家族に反対されてしまい、政孝はスコットランドに留まることまで考えます。けれどリタから日本のウィスキーのために、スコットランドにいてはいけないと言われ、政孝は決心します。リタとともに日本に向かいます。

※写真はスコットランドでのリタの写真と余市蒸留所内のリタの展示品



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1920年11月にリタは日本の地を踏みます。最初は政孝の勤務する酒造会社のある大阪に住み、日本語と料理、日本人の文化と習慣を吸収していきます。政孝はその後、現サントリーのウィスキー蒸留所を建てるために尽力し、日本のウィスキー造りの第一歩を踏み出すことができましたが、自分のウィスキー造りのために新天地を探すことにします。それが北海道の余市。リタはスコットランドに似た余市がとても気に入ったようです。

リタは和食も政孝のために学び、漬物や梅干し、イカの塩辛も自ら作っていたそうです。美味しく食べるために調理のタイミングをはかり、食事を仕上げます。そのリタのレシピは、余市の蒸留所に隣接するレストラン、リタズキッチンで活かされています。スコットランドのスープ、スコッチブロス、牛ひき肉とマッシュポテトのシェパーズパイがメニューに並んでいました。余市に建てられた家はほとんどが洋室でしたが、政孝のための和室を真ん中に配置しています。

リタは日本の地を踏んでからスコットランドに戻ったのはたった2回。ずっと日本に留まり、戦時下の酷い時期も日本で暮らし続けます。離れていたスコットランドの妹ルーシーが1959年5月に来日して再会。それが最後になりました。1961年1月17日リタは余市で64才の生涯を閉じます。初めて余市の駅に降り立った日から26年と4カ月。冬の辛い季節は逗子の家にいたはずなのに、秋にリタは余市に戻ってきていました。蒸留所の見える丘の上で今リタは政孝とともに、竹鶴リタの名で眠っています。

※写真は政孝とリタの余市の家の間取りと蒸留所の外観