ロンドンの街歩きの愉しみ-ブループラークを探してみよう

2026.02.24

英国史雑学

イギリスの街を歩いていると青く丸い銘板が目に入ります。これはイングリッシュヘリテージが著名人のかつての住まいなどに掲げているもの。ロンドンの街歩きではよくこの青い銘板―ブループラークを目にします。どんな人が目の前の場所に住んでいたのか、想いを巡らせながら街を歩いてみましょう。ロンドンではブループラークでたくさんの発見ができます。

Lord Eldon (1751-1838)

  • Lord Eldon (1751-1838)

エルドン卿と書かれたブループラーク。1751年生まれの方ですからジョージ2世の治世です。エルドン卿はイギリスの法廷弁護士から政治家となり、やがてロード・チャンセラー、イギリスの大法官と昇りつめていきます。大蔵大臣と間違えてしまいそうですが、大法官は最高位の大臣で首相をも上回る重責です。そして初代エルドン伯爵の爵位も授けられました。

エルドンはイギリス北部の港町、ニューカッスル・アポン・タインの労働者階級の出自です。それでも記憶力に長け、オックスフォード大学へと進学します。しかし21才で妻となるベッシ―を連れ去り、スコットランドまでたどり着くと結婚を強行します。ベッシ―は銀行家の娘。結婚に反対されていると思い込み略奪結婚をしたのですが、やがて結婚は認められオックスフォード大学に妻を連れて戻ります。

エルドン卿はなかなか強引な性格のようですが、ベッシ―と生涯を共にします。大法官としての経歴よりエルドン卿のご家庭でのことを知りたくなりました。ご夫妻にはお子さまが4人いらっしゃったようです。息子2人と娘2人で、爵位を継いだ息子と未婚だった息子、牧師と結婚した娘は、エルドン卿よりも早く他界されています。エルドン卿は86才の天寿を1838年に全うします。妻のベッシ―とはその7年前に死別していました。エルドン卿の最期を看取ったのは、レディ・エリザベス・レプトン・ジョンの娘だけだったようです。

ロンドンの高級住宅地のベッドフォードスクエア。そこでエルドン卿のブループラークを見つけました。白亜の邸宅です。大きな扉が1つだけなので集合住宅ではなさそうです。今その建物はニューヨーク州立大学のロンドンセンターになっています。労働者の息子として生まれたエルドン卿が、オックスフォード大学に進み、法廷弁護士、政治家の道へ。やがて大法官となり20年間その任にあたりました。エルドン伯爵家は今、第6代エルドン伯爵のジョン・フランシス・トーマス・マリー・ジョセフ・コルンバ・フィデリス・スコットさんが継がれています。