Mary of Teck~From the United Kingdom

2024.03.09

英国史雑学

メアリー・オブ・テックはドイツの王家の出身。ヴィクトリア女王が名づけ親となり、女王にもたいそう可愛がられていました。1885年にはイギリスに定住し、ヴィクトリア女王の孫のアルバート・ヴィクタ-王子と1891年12月に24才で婚約をしました。1892年2月27日には結婚式。しかしアルバート・ヴィクタ-王子はその直前の1月14日に肺炎で薨去されます。結婚式直前の突然の別れ。アルバート・ヴィクタ-王子は未来の皇太子でしたが、その弟ジョージ王子が突如として王位継承第一位となります

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ヴィクトリア女王はメアリーを慰めますが、弟のジョージ王子が失意のメアリーに何と結婚を申し込みます。ヴィクトリア女王の思惑も適って、メアリー・オブ・テックは、一度失った将来の王妃の道を歩むことになります。1893年7月6日、ロンドンのセント・ジェームス宮殿内の礼拝堂でジョージ5世とメアリーは結婚式を挙げます。その式には未来のロシア皇帝、ニコライ2世も参列します。ジョージ5世とニコライ2世の2人が並ぶと、参列者は驚きを隠せません。そう、2人は似すぎていたのです。

ジョ-ジーとニッキーの愛称の2人は、まるで双子のようにそっくりで、ヴィクトリア女王をも驚かせたと言われます。ジョージ5世の母親と、ニコライ2世の母親が姉妹だったのですが、その顔つき背格好は確かによく似ています。そしてジョ-ジーとニッキーは仲もよく、メアリーとの結婚をニッキーは祝福します。その後もニッキーは、ヴィクトリア女王がとてもかわいがっていた孫娘のアレクサンドラと結婚することになりますが、残念な未来はそれから25年後訪れます。ロシアでは革命が起こり、ニコライ2世は家族とともに殺されてしまうのです。実は最初にアレクサンドラは、アルバート・ヴィクタ-王子との結婚を断っていました。メアリーとアレクサンドラの行く末も明暗を分けることになります。

メアリー・オブ・テックが王妃として過ごした時は26年ほど。1936年にジョージ5世に先立たれ、王位に就くはずだったエドワード8世はシンプソン夫人のために王位を捨て、弟のジョージ6世に王位は引き継がれます。映画「英国王のスピーチ」、ドラマ「ザ・クラウン」にも、メアリー・オブ・テックは登場してきます。歴史の中の大切な人物としてぜひご注目ください。またウィンザー城にあるドールハウは、メアリー・オブ・テックのために製作されたものです。

ちなみに世継ぎではなかった2人のジョージ5世と6世でしたが、今のエリザベス女王の治世を導くことになるのですから不思議なものです。

※写真はジョージ5世とメアリーが結婚式を挙げたセント・ジェームス宮殿。