Violet Lindsay Manners, Duchess of Rutland~From the United Kingdom

2023.12.19

英国史雑学

その女性の顔に目が離せなくなってしまいました。その画は、ベルギ―の象徴主義の画家フェルナン・クノップフが描いた女性像に似ていました。豹のような艶やかな目つき、しなやかさ。その自画像は独特な美しさを称えています。画家に描かせた若き日の可憐な肖像画とは、また違った人物に見えます。19世紀の半ばに生まれたある女性。彼女はその美しい姿を画家に描かせ、また自身でも画を描いていました。父親は彼女の画の才能を見出し、ラファエル前派のエドワード・バーン=ジョーンズに指導を乞います。しかしバーン=ジョーンズは彼女にレッスンをしません。彼女自身が鏡の前で学べばいいと、バーン=ジョーンズは父親に伝えます。

彼女の名はヴァイオレット・マナーズ、後のラトランド公爵夫人です。画家ジェームズ・ジェビュサ・シャノンによって描かれた1枚の横顔はかなげにも見え、でもその居住まいには風格すら感じます。若き日のヴァイオレット公爵夫人の一瞬を、柔らかな筆致で画家シャノンは描いています。ヴァイオレットは、1856年クロフォード伯爵の孫娘として誕生しました。自らも由緒正しき出自で、リンゼイの名は第24代クロフォード伯爵のジェイムス・リンゼイと、父チャールズ・リンゼイに由来しています。父のチャールズは三男だったので爵位は継げず、英国軍大佐も政治家として活躍しています。ヴァイオレットは1882年11月に後のラトランド公爵となるヘンリー・マナーズに嫁ぎ、5人の子どもたちに恵まれます。

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しかし1894年後継ぎの長男ロバートが9才で早世します。子を失ったヴァイオレットは、泣き息子の姿を残そうと彫刻に励みます。ロバートはあどけない顔で眠っています。英語でeffigyと呼ばれるヒト型の墓は、ヴァイオレットによって長い年月をかけて彫刻されました。それはラトランド公爵邸のハドンホール内のチャペルに安置されています。台座には若くして逝った我が子を見守るように、両親と家族たちの横顔がメダリオン、円形のレリーフに彫られています。この台座には何十年もの月日を要し、その間ずっとヴァイオレットはロバートのことを思い続けていたのでしょう。どんなに高貴な境遇にあろうとも、逆縁の悲しみは尽きません。そのeffigyの眠るようにして組まれた手、彫刻なのにその寝息まで聴こえてきそうです。

次男ジョンが爵位を継ぐことになるのですが、若き日のジョンはヴァイオレットに瓜ふたつの美少年のジョン。母親と同じ画家が描いた肖像画なので、筆致はもちろん似ているのですが、まるでヴァイオレットが少年になったような美しさです。今回そのヴァイオレットの姿をご紹介したい思いで、ロンドンのナショナルポートレートギャラリーから写真を取り寄せました。1892年の横顔の写真。まだ長男を亡くす前の写真です。画の印象とは異なりますが、その美貌と、比類なき画の才能を持った女性がそこにいます。

長男ロバートの眠るハドンホール、聖ニコラスチャペルはイギリスのダービーシャーにあります。公爵邸内とともに見学ができるそうです。いつか訪れたいイギリスの場所がもう1つ、見つかりました。