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紅茶の国から -英国コラム-

第30回 Be my Valentine!

2月14日と言えば、そう、バレンタインデーですね。日本では、女の子がチョコレートを渡して愛の告白をする日。イギリスでは、男女を問わず、愛する人に花やカードを贈ったり、食事やデートに招待したりする日です。多少の違いはあるものの、「愛の日」に変わりはありません。
“St. Valentine’s Day”を直訳すると、「聖バレンタインの日」。聖バレンタインは、西暦269年2月14日に処刑されたローマのキリスト教司祭で、聖人として讃えられるようになったのは、死後数百年が過ぎてからでした。聖人にまでなった人が、なぜ処刑されてしまったのでしょうか?そしてなぜ「愛の日」の聖人となったのでしょう?

バレンタイン司教が処刑された当時のローマ皇帝は、悪名高きクラウディウス2世。領土拡大を狙って強兵策に没頭しました。皇帝は、「妻子や恋人がいるから若者の士気が低下するのだ!」と決め付け、なんと、若者の結婚や婚約を禁止する法令を布いたのです。この理不尽極まりない政策に反対したバレンタイン司教は、法に背いて、結婚を望む若者のために密かに結婚式を執り行いました。しかし、当時のローマではキリスト教は迫害されており、その影響もあってか、結婚式の最中に捕えられて投獄。改宗を強要されましたが、それを拒否し、極刑を言い渡されました。処刑は、あえて家庭と結婚の女神ユノの祝日であった2月14日が選ばれたのです。

この、女神ユノの祝日は、古代ローマ時代から2月15日に行われていた、豊穣を祈る祭典Lupercalia(ルペルカーリア)の前日。豊穣=多産ということから、2月14日に、町中の未婚女性の名前を書いた紙切れを瓶に入れ、独身男性が一枚ずつ引き、祭りの期間、もしくはその後1年間は引いた紙に名前が書かれた女性と交際する、というお見合い大会のようなイベントを行っていたのです。今では考えられないような強引な出会い作りですが、今のように、男女の出会いが気軽に、頻繁に日常生活で訪れることが少なかったこともあり、当時のローマでは、ほとんどのカップルがこれをきっかけに、結婚まで至ったのだそうです。

バレンタイン司教の処刑から229年後の西暦498年、ローマ帝国におけるキリスト教は、迫害されるどころか国教にまで定められていました。そして、当時のローマ教皇が、聖バレンタインの行いを讃えて、2月14日を“St. Valentine’s Day”と定めました。こうして、結婚の素晴らしさを信じて信念を貫いた聖バレンタインを讃える日は、豊穣を祈る祭典とも結びついて「愛の日」となり、中世に入るとイギリスやフランスを中心に定着していったと言われています。

処刑前、バレンタイン司教は自らが愛した娘に手紙を残し、“From your Valentine”と記したと言われています。ここから、“Be my Valentine” “You are my Valentine”と、[Valentine=愛する人]を意味する代名詞として使われるようになりました。今年、あなたのValentineは見つかりましたか?

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